Winnyワークショップに参加してきました。

情報処理学会と情報ネットワーク法学会が主催する「Winny事件を契機に情報処理技術の発展と社会的利益について考えるワークショップ」に参加してきました。何でも、情報処理学会がこうしたワークショップを開くのは初めてとのこと何だそうです。

■「P2P技術の動向とWinnyの機能と構成」宇田隆哉(東京工科大)

ソフトウェアの技術的側面からの概説的な公演でした。
要点としては、次の二点が挙げられます。

(1)Winnyのノード間通信は暗号化されているといわれるが、必ずしもそうではない。

コネクション確立部分では、独自の通信確立手段を取るので、Winnyの通信を中途で検地・ブロックすることは容易なんだそうです。

また、データ転送部分については、バージョン2b66では

2バイト :転送関数が呼ばれるたびに生成される乱数
4バイト :暗号化に使用される共通鍵
それ以降:転送データ

になっていて、転送データの暗号化に用いられる共通鍵が、データと一緒に転送されるという構造をとっているために、暗号化といっても容易に解除できてしまうと述べられていました。

(2)送受信され際に一時的に保存される「キャッシュファイル」は暗号化され利用者本人にすら分からないといわれるが、そうではない。

キャッシュファイル生成のソース解析によれば、鍵は「header」か「null」、あるいは変数の「文字列に元ファイルのキー情報(作成日時、ファイル名等)殻生成したハッシュ関数をくわえたもの」のどれかでしかないそうです。

以上の結果から、宇田教授はWinnyが暗号化により匿名性が維持されているという意見に対して疑問を呈されていました。講演の内容を聞く限り、宇田教授自身はWinnyの技術が取り立てて優れていると考えてはおられないようでした。

一方、会場からは元ファイルのキー情報からキャッシュファイルを復元可能だったとしてもそのファイルは暗号化されているわけだし、どの情報から取っているのか分からなければやはり復元は無理なのではないか、とか、推測が多すぎる、といった意見が出ていました。

■「ネットワーク管理者からみたP2P技術」岡村耕二(九大)

九州大学情報基盤センターの方の、九大におけるP2P対応に関する講演。

■「P2Pにおいて不正コピー防止は可能か」丸山宏(日本IBM)

表題のわりに、講演の中味は情報セキュリティの話だったり、DRMはなぜ研究者に人気がないのか、といった雑多な内容でした。プレゼン用の資料が文字化けしていたりして、イマイチな内容。

■「ネットを用いたP2Pファイル交換を巡る日米における従来の裁判の動向」岡村久道(弁護士)

アメリカのベータマックス訴訟、ナップスター訴訟(ハイブリッド型P2P )、Aimster暗号化P2P事件、グロクスター・モーフィアス事件(ピア型P2P)、日本におけるファイルローグ事件がとりあげられていました。講演者の方のせいでは決してないのですが、いずれもその道の方には有名な判決なので新味に欠けたかもしれません。

■「P2Pソフトウェア(Winny)開発者の刑事責任に関する問題点」壇俊光(弁護士)

金子氏の弁護団の一員である弁護士の方の講演。
立場上仕方がないのかもしれませんが、「先端技術の技術者を法的訴追からいかに守り、萎縮的効果を生じさせないか」という本来の趣旨に照らして考えると、疑問が残る点がありました。

一番気になったのは、CDやDVDのリッピング等複製可能なデータを作成することは幇助か、ということを問題提起していたところです。これは、上記のことが幇助に当たらないのに、どうしてWinnyの開発者だけが幇助に当たるのかということが言いたいのだと思いますが、そもそも権利団体はCDやDVDのリッピング自体、著作権法上望ましい行為とは考えていないでしょう。JASRAC等の見解では、おそらく「本来はいけないんだけど、仕方がないからお目こぼししてやるよ」という立場を取っていたように思います。だとすれば、弁護団がこういう主張をすると、「じゃあ、これからは著作権を少しでも侵害する恐れのある技術はみんな著作権侵害の幇助ってことにするね♪」と嬉々として反論されかねません。これでは逆効果でしょう。

利用者のモラルが低いという話も、裏を返せば「それが分かっていながら、モラルの低い人間が多いと思われる場所(2chのダウソ板)で、敢えて公開した」ということで故意の立証に逆利用されかねないわけで・・・。

ただ、雑誌等にすぐ悪用法が紹介されるという事実は、場合によっては強力な素材として使えるかもしれません。

雑誌には、その悪用を前提したとしか思えない記事(「〜ブッコヌキ!!」等)が掲載されることがあります(どことはいいませんが)。しかし、雑誌の編集者やライターが著作権侵害で逮捕されることはありません。これはなぜかというと、彼らは著作権侵害行為を直接支援することをしていないからです。これを「違法行為のあおり行為」といいますが、「幇助」と異なり、「あおり行為」は原則として処罰の対象になっていません。

ですが、「人を違法行為を誘引し、その実行を助ける」という意味においては、ツールそのものを提供する行為より、「それは悪いことに使えるんだよ」と言って正統な使用法を用いる意欲に欠ける者に指南する行為のほうが悪質なのは明らかです。金子氏は少なくとも「さぁ、コレで動画や個人情報のファイルのダウンロードが可能だぞ。使い方が分からない?じゃあ教えてやろう」とまでは言っていないのですから、違法行為の誘引・容易化という意味においては、「素人でも分かるWinny!!」等の雑誌記事よりも、悪質性において下回るわけです。

「幇助」という行為自体はとても曖昧な概念で、はっきりとした範囲を示すことはできません。法律上の概念操作はともかくとして、そこで実質的に処罰の判断の基準になるのは、どれだけ具体的に「人が違法行為を行うことを容易にしたか」です。そして、著作権侵害行為を行った者の多くは、そのツールである「Winny」を侵害目的で使用するまでの間に、こうした雑誌やWeb上の記事を参考にしているはずです。だとすれば、「幇助」の処罰根拠である「人の違法行為の容易化」という観点からは、本来責められるべきはツールと違法目的使用をつなげた者であるはずです。その行為が「違法行為のあおり行為」として不可罰なのに、悪質性に劣るツールの開発者が「幇助」の「故意」ありとするのは処罰の均衡を欠くのではないか?と展開するわけです。

いわば、雑誌側に責任を転嫁してしまうわけですね。
雑誌側は当然反発するでしょうが、彼らには「表現の自由」という大義名分を堂々と振り回せる社会的地位にいます(少なくとも、技術者本人が主張するよりは効果的な主張ができるでしょう)。裁判所もそれは考慮に入れざるを得ないでしょうから、雑誌社の編集者が即座に逮捕されるという事態は生じないでしょう(事実、今までそういった事例はないと記憶しています)。

こういった前フリをはさむ事で、ソフトウェア作者のプログラムの開発・公開行為に「幇助」の「故意」を認めるべきという意見の論拠に対して効果的に疑問を投げかけることができるのではないでしょうか。

■「WINNY(幇助)事件・・・公開情報から見た権利団体の見解等について」落合洋司(弁護士)

権利団体の出席を求めたそうなのですが、断られてしまったとのこと。
公開情報から疑問点を抽出しつつ、権利団体の見解では幇助犯がいかなる場合に成立するかに関する明確な指針も、その指針を示そうとする問題意識も感じられないと結論付けられています。

指針なら出てますよね。
著作権を侵害すること(ひいてはわが権利団体の権益を侵すこと)を助長する行為は全て「幇助」行為とみなす」
これが権利団体の本音でしょう。講演者の方もこのことを前提として敢えて皮肉っているのでしょうが。

参考記事:
Winny問題を考える学会ワークショップITMedia)
Winnyの暗号化は「金庫に鍵をかけ、金庫の上に鍵を置くのと同じ」(ITMedia)
管理者とP2P技術の付き合い方はいかに?(ITMedia)
「著作権が技術の将来を決めていいのか?」ITMedia
Winny事件はソフト開発者を萎縮させる?ITMedia
「Winnyの否定は、IT立国自体の否定」ITMedia
P2Pファイル交換、現ユーザーは95万人──ACCS・RIAJ調査ITMedia