東京地判H16.5.27

呼吸困難等を訴えて救急車で搬送された患者が入院翌日に肺塞栓症で死亡したことについて,担当医師に適切な検査・診断を怠った過失が認められた事例

■争点
 先行の検査で狭心症の可能性が否定され、急性の肺塞栓症が疑 われる状況で、多忙のため肺塞栓症の確定診断に必要な心エコー検査の結果の確認が遅れたことに対する過失が認められるか
(医師の検査実施義務違反が認められるか)

■結論
  請求認容
(原告Aに対して3404万9678円、原告C・Dに対して1161万6559円)

■事実
 E は生命保険会社の外務員である。,平成14年7月16日、Eは出勤中に胸苦しさと息苦しさを感じ、自宅で静養したが症状が改善しなかったため訴外Hクリニックで診察を受け、狭心症の可能性を指摘され、専門病院での受診を進められた。
 そこで17日の2時ごろ、診察を受けるためEと原告A(Eの夫)は自転車で最寄り駅で西鎌倉駅に向かったが、Eは駅に着くなり、バス停のベンチ脇に自転車を立てかけ,そのままベンチに倒れ込んでしまった。
 Eが息苦しそうにしており、顔色も真っ青だったので、Aは救急車を呼び、行く予定であった被告病院への搬送を依頼した。被告病院に着いたころには、Eの症状は軽快していた。
 診察したG医師は被告病院において相当数の肺塞栓症の診断,治療の経験があり、自ら心エコー検査をして診断にあたっていた。
 Eは,数日前から労作時に胸部に不快感があったこと,前日にHクリニックで診察を受けたこと,当日もトイレの後に胸痛があったこと,自転車に乗っていたら胸が苦しくなって救急車を呼んだことなどを訴えた。
 そこで,G医師は,Eが狭心症を発症していることを疑い,心エコー検査と心カテーテル検査(冠動脈造影検査)を実施することとした。心エコー検査は順番待ちをしていたため、先に心カテーテル検査が行われることになった。
 心カテーテル検査の結果,冠動脈狭窄の疾患,冠動脈の攣縮,左室の壁運動の低下がいずれも認められなかったことから,G医師は,Eについて,狭心症心筋梗塞は生じていないと判断し、Eにかかる旨を説明した。Eは,心臓に問題がないのなら帰りたいと申し出たが,G医師は,20分程度の時間をかけて,入院するように説得を行い、その結果,Eは,被告病院に入院することとした。
 入院後,午後7時ころ,Eは,心カテーテル検査の際のカテーテル挿入部位の止血中に,看護師に対して,動くと少し苦しいと,軽度の気分不快を訴えた。
 Eは,午後5時30分ころから午後6時ころまで,生理検査の技師である福良技師によって心エコー検査を受けた(以下「本件心エコー検査」という)。被告病院における心エコー検査は,専属の医師がいないため,医師の監督下で生理検査の技師が検査を行うという態勢になっていた。
 福良技師は,Eの本件心エコー検査の結果を報告書にまとめた。
 この報告書では,肺動脈圧については「38mmHg」,下大静脈については,「29〜20mm」,「ややコンプライアンス弱いです」と記載されていた。福良技師がかかる報告書を書き終えたのは午後6時ごろである。もっとも,他の仕事が忙しかったため、G医師が上記報告書を確認したのは午後9時ころになってからであった。
 そして,G医師は,上記報告書を読んで,肺動脈圧については,微妙な数値で,正常なものでもこの程度の数値を示すことがあると判断したが,下大静脈については,コンプライアンス(下大静脈が呼吸に伴って大きくなったり小さくなったり変動すること)が弱く,かつ拡張しており,肺動脈圧の数値と下大静脈の状態が合致していない(下大静脈の状態から判断すると,肺動脈圧はもっと高くなってよいはずなのに,それほど高い数値を示していない)ので,心電図を見直してみたところ,右心負荷傾向を示す所見が認められた。
 そこで,G医師は,肺塞栓症の可能性についても検討すべきものと考えたが,心エコービデオの画像を確認することまではしなかった。
 一方、午後7時ころ,Eは,心カテーテル検査の際のカテーテル挿入部位の止血中に,看護師に対して,動くと少し苦しいと,軽度の気分不快を訴えた。しかしGはそのことを知らなかった。
 その後,G医師は,Eに心エコー検査の結果を説明するためにEの病室を訪れたが,すでに病室は消灯されており,Eも寝息を立てていたことから,あえて起こすこともないと考え,説明は翌日に行うこととした。
 翌18日,午前6時55分に,Eから,苦しいとのナースコールがあり,看護師が訪室したところ,Eには胸部痛,冷汗,過換気気味といった症状が認められ、間もなく痙攣を起こし,意識も消失するに至った。その後,Eの血圧は徐々に低下し,午後5時17分,Eは死亡した。
 Eの夫であるA及び子であるC,Dが、被告病院の医師Gに検査実施義務違反の過失があり、被告病院は使用者責任民法715条)を負うして損害賠償を求めたのが本件である。

■判断

 G医師は・・同病院において相当数の肺塞栓症の診断,治療の経験があり・・自ら心エコー検査をして診断にあたっていた。
 被告病院における心エコー検査は,専属の医師がいないため,医師の監督下で生理検査の技師が検査を行うという態勢になっており・・・このような態勢は,画像診断の能力も,医師の方が技師よりも優れていることを前提とするものであり・・・医師は必要に応じて心エコービデオを確認するなどして,画像診断をすべき義務があった。
 そこで,G医師は,狭心症のような冠動脈疾患を最も疑って心カテーテル検査を実施したものであるが,その結果,本件心エコー検査実施時には,冠動脈疾患は否定されていたのであるから・・・G医師の肺塞栓症についての前記経験からすれば,そのような疾患として,肺塞栓症の可能性がある(血栓子が詰まっては流れ,詰まっては流れている可能性がある)ことは認識できたものと認められる。
そして,G医師は,Eに対する問診・・から,仮に肺塞栓症であれば,それは,慢性の肺塞栓症ではなく,急性の肺塞栓症である可能性が高いことも認識できたものと認められる。
 肺塞栓症は・・文献上,急性肺塞栓症(急性肺血栓塞栓症)は,再発を起こしやすいことから,発症後の再発予防はきわめて重要であり,あと1日様子をみようという考え方が死を招くので注意を要するとされており・・G医師も,急性肺塞栓症という診断がつけば,この文献に書かれていることは当然のことだと供述している・・のであるから,肺塞栓症の可能性があれば,症状が乏しかったとしても,肺塞栓症であるか否かを心エコーで早急に確認する必要があったものというべきである。

そもそも,G医師は,Eの症状が重いものであり,診断に緊急性を要すると判断したからこそ・・・心カテーテル検査を実施し・・強く入院を勧めたものである。したがって,実際には,G医師も,心エコー検査の重要性は十分に認識していたことが窺われる。
 本来,G医師は,その(カテーテル検査)後速やかに心エコー検査を実施し,その結果からその後の検査の要否を判断すべきであったというべきである。
 G医師に心エコー検査を早期に実施する必要性が高いという認識があれば,G医師自ら携帯型の心エコー器によって心エコー検査を実施することも可能であったと考えられ・・・結局,心エコー検査が遅れたのは,心エコー検査が順番待ちであったということだけでなく,G医師が多忙な状態に置かれていたため,他の仕事を優先し,検査結果が出るのは通常の診療・検査の時間を過ぎることになる可能性があることを認識しながら,心エコー検査を福良技師に委ねたためと認められる。 
 G医師は,本件心エコー検査の結果・・確認がこのように遅れた理由について,他の患者に対する説明や退院などに伴う用途業務に追われていたためであると供述している・・が・・そのような理由は,本件心エコー検査の結果の確認を遅らせることを正当化するものとは認めがたい。
 したがって,本件心エコー検査は,本来,通常の診療・検査の時間内に実施されるべきものであったし,通常の診察・検査の時間を過ぎて結果が出たとしても,それは被告病院の事情によるものであって,それによって患者が不利益を被ることはあってはならないものというべきである。
 ましてや,担当医師あるいは被告病院の事情で本件心エコー検査の結果の確認が遅れ,確認した時間には,緊急の検査以外の検査は実施しにくい状態になっていたとしても,そのために患者が不利益を被ることがあってはならない。      

 G医師は,相当数の肺塞栓症の診断,治療の経験があり,肺塞栓症の診断をする場合,心エコー検査で肺高血圧の所見が得られれば,肺血流シンチ等の検査を行い確定診断をつけるのが診断のプロセスである旨供述しており,しかも,急性肺塞栓症は,再発を起こしやすいことから,発症後の再発予防はきわめて重要であり,あと1日様子をみようという考え方が死を招くので注意を要するという認識もあったのであるから,肺高血圧症の所見を得ながら肺塞栓症の確定診断に必要な検査を翌日に回すとは考えがたい。

 前記のようなEの症状から判断して,心カテーテル検査の結果,狭心症心筋梗塞のような冠動脈疾患が否定された以上,急性肺塞栓症を疑って早急に心エコー検査を実施することは当然のことであり,G医師は,心エコー検査の結果が出たら直ちにこれを確認し,本件心エコー検査のビデオ画像も確認して,肺高血圧症の所見を得たら,肺血流シンチ等,肺塞栓症の確定診断のための検査を実施し,肺塞栓症と確定診断がされたら,ヘパリンを投与して再発を防ぐべき義務があった・・というべきであるが,同医師はこれを怠り,結局,17日中には肺血流シンチ等,肺塞栓症の確定診断のための検査を実施しなかったのであるから,そのために生じた結果について,同医師は不法行為責任を負い(もっとも,これまでに認定した事実によれば,医師があまりにも余裕なく働いているという被告病院の態勢にも問題があることが窺われる。),被告は使用者責任を負うものというべきである。

■コメント
 検査の適切性を巡る注意義務が問われた事案です。もっとも、今回は前回と違って説明義務の違反が問題になったわけではなく、純粋に検査実施義務の問題です。
 医療過誤に見られる傾向ですが、ある医者が専門性の高い(と一般に言われている)病院に勤めていたり、「経験・知識があります」と後で証言していたりすると、「高い注意義務がある」という事の根拠にされる場合が多いようです。広告でそう謳っているのなら仕方がないですが、そうでないのにこんなことを言われると、まるで専門性がなかった方が裁判的にはいいような気がしてしまいますね。
 最後に(どうでもいいことですが)、損害額の算定で稼動上限が67歳までになっているのに驚きました。保険外務員ってそんなに長く続けられる仕事だったんですね・・。