東京地判H16.6.30

手術に不可欠な検査につき、書面による同意を欠いた場合の医師の説明義務違反が否定された事例

■争点

(1) 不必要な検査を実施した過失の有無
(2) 本件検査におけるカテーテル操作等の過失の有無
(3) E医師に本件検査のカテーテル操作を行わせた過失の有無
(4) 本件検査における上記(1)ないし(3)の過失と原告の右半身麻痺の結果との因果関係の有無(判断の必要がなかった争点。)
(5) 本件検査を行うに当たっての説明義務違反の有無等

■結論
 請求棄却

■事案
 原告は、昭和17年11月10日生まれの会社員で、平成8年10月9日、ゴルフ中に激しい頭痛を起こした。、頭痛が持続するため、同月17日、F病院を受診したところ、膜下出血であると診断され、被告病院に搬送された。。
 被告病院においては、同日、頭部CTによりくも膜下出血であると診断し、D医師が、原告の妻に対し、「くも膜下出血があり、動脈瘤の可能性もあるため、血管造影の検査に行ってきます。場合によってはopeになるかもしれません。」と説明したところ、原告の妻は、検査について了解し、「よろしくお願いします。」と述べた。
 同月20日、放射線科のI医師が、原告に対し、左右の内頚動脈及び左椎骨動脈の血管造影を行う目的で、脳血管造影検査をセルジンガー法によって実施した。
 同月22日には、頭部MRIが実施され、同月23日には、3次元頭部CT(以下「3DCT」という。)が実施された。
 以上の検査結果に基づいて開頭クリッピング手術を行うことが計画されたが、一般に脳底動脈瘤クリッピング手術は難易度が高い上、原告の動脈瘤は大きめのものであったことから、瘤の後側に穿通枝が隠されていることも予想され、クリッピングの際に誤って穿通枝を挟んで植物状態等の重大な合併症が生じる危険もあった。C医師は、これらの認識の下に、同月25日、原告の妻に対し、①検査の結果、脳底動脈と上小脳動脈との分岐部及び前交通動脈の2箇所に脳動脈瘤が認められ、診断としては前交通動脈の脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の可能性が高いと考えられること、②上記2つの脳動脈瘤クリッピング手術を施行すること、③手術の合併症としては動眼神経麻痺はほぼ100パーセント一過性に出現し、その他嗅神経障害、視神経障害や外観上の障害として眼球陥没及び顔面神経麻痺が出現する可能性があること、④稀な合併症としては植物状態となる可能性もあること、⑤全身麻酔についてもリスクがあることなどを書面に記載しながら説明し、原告の妻は、原告の脳動脈瘤クリッピング手術について書面で同意した。
 なお、C医師は、くも膜下出血の患者本人に対しては、病名を告知することにより血圧上昇等が起こり、動脈瘤が破裂してしまうおそれもあるのでこれを告知しないという方針に基づき、原告本人に対しては、検査を実施するとだけ告げ、脳動脈瘤クリッピング手術を実施するということについては伝えていなかった。
 C医師、J医師、D医師、K医師及びE医師は、同月29日、原告に対し、開頭クリッピング手術(本件手術)を実施した。
 しかしながら、翌30日の0時30分ころ、心機能低下に伴う血圧低下があり、これと同時に意識レベルの低下と右上下肢の麻痺が出現した。多少の変動はあったものの、本件検査に至るまで、右上下肢の麻痺は続いていた。また、失見当識についても断続的に続いていた。
 C医師らは、原告に対し、退院前に脳動脈瘤の残存の有無やクリッピング後の経過に問題がないかを確認するいわば「卒業試験」として、さらに本件手術後における原告の右上下肢麻痺の原因が不明であったことから、この原因を究明するため、原告に対し、脳血管造影を実施することを計画し、D医師及びE医師は、同月21日、原告に対し、脳血管造影検査(本件検査)を実施した。検査方法はこれまでと同様、セルジンガー法が採用された。この検査に関しては、原告(ないし原告の妻)の同意書等が存在していないことに加え、診療録上も、本件検査について説明したことをうかがわせる記載が一切ない。また、当時の被告病院作成の「B病院インフォームド・コンセント指針」と題する書面には、「すべての侵襲的医療行為において、そのたびごとに、それに先立って書面によるインフォームド・コンセントを本人から得ることが原則である」とされていた。
 12時20分ころ、右椎骨動脈の撮影が試みられたが、原告の動脈硬化が強く、血管の蛇行が強かったため、カテーテルの挿入が難しく、12時30分には、右上腕動脈からの造影に切り替えられた。
 ところが、上記のように右上腕動脈からの造影に切り替えるため、右上腕動脈を穿刺しようとしたところ、原告から、右上肢の手首より先に力が入らない、動きが悪いという訴えがあり、右手で離握手がとれなかったため、D医師らは、何らかの血栓が飛んだものと判断し、原告に対して、血流改善作用のあるグリセオールを投与した。
 D医師は、12時50分に、左の上腕動脈からの造影へ切り替えることとした。しかし、左腕を穿刺したものの、上腕動脈が確保できなかったことから、D医師は13時10分、穿刺を中止し、13時25分に止血を確認して本件検査は終了した。D医師らは、その後も経過を観察しつつグリセオールの投与を引き続き行った。
 その後、原告は、右上肢の麻痺がありつつも、数度にわたり外泊を行い、リハビリを行っていた。右手首先の不全麻痺については、あまり変化がなかった。
 原告は、平成9年1月18日、無断で外泊するなどのトラブルを起こし、結局、被告病院を退院して、G病院においてリハビリを行うこととなった。
 その後、原告の身体状態については、右手の握力は、被告病院リハビリテーション科におけるリハビリ中の測定によれば、7キログラムないし11キログラム程度あるが、これは依然として一般の男性としては弱いレベルである。
 原告が被告病院に対し、不法行為及び債務不履行に基づく損害賠償を求めて提訴。

■判旨

○争点(1)〜(3)について
 医師の処置には問題がなかったして過失がないと判定されている((3)については医師側の供述に不自然な点があるとしたものの、原告の供述が診察録と大きく矛盾し証拠能力に乏しいと判断されたことも影響して、やはり過失なしとされている。)

○争点(5)について
 まず、本件検査について患者ないし患者の妻から同意書を得ていなかったという事実について、「インフォームド・コンセントは、患者の自己決定権の行使を十全なものにするため要請されるものであり、また、説明の結果を書面に残すというのは、単に記録を作るというだけではなく、説明を丁寧に行うべきことを喚起するという効果もあるのであって」、「その適用範囲を医局側で一方的に限定したということになり」、また、脳血管造影検査には、一定の危険が存在するのであるから、この侵襲度を同意書面が不要な内視鏡検査等と同視することが妥当であるとは認め難く、さらに本件検査はかなり以前から事前に退院前の施行が計画されていたものなのであるから、結論として「診療録上原告ないし原告の妻に説明したことをうかがわせる記載が一切ないことについて、首肯するに足りる合理的な説明がされているとは認め難い」とした。
 しかし、他方において、「本件手術に伴って当然に行うべき必要不可欠なものであったと認められ、仮にこれを行わない場合には、くも膜下出血再発の可能性という危険な事態をかなりの割合で看過しかねず」、また脳血管造影検査の危険性は、必ずしも高いものではなかったことから、仮に、原告が脳梗塞が生じることを恐れて本件検査の実施を拒否したとしても、C医師としては強力に説得して本件検査を受けさせるように努めるべきものであったのであって、「原告としては、本件手術を受けた以上、本件検査をも受けることが当然予定されていた」のであり、「本件検査を受けるか否かについて自ら決定し得る余地は法的にはないに等しいというべき」で、違法性は認められないとした。

■コメント
 医師の説明義務違反の問題では、医師の個々の医療行為を過失なしとしつつ、説明義務違反を認めて損害賠償を命じる判決が多い傾向にあります。その中で、医師の説明に不適切な点があることを認めながら、当該検査の有用性、手術との関連性の観点から患者の自己決定権を否定した本判決は珍しい類型に入るといえるでしょう。
 「患者の自己決定権」を中心に考えることは確かに望ましい医療のためには有用なのですが、度を越えると後から説明がなかったという一点のみで、それ自体は適切な(過失のない)行為をした医者に賠償責任を負ってしまうという、医者にとってはやるせない結論になりがちです。そうなると、医者によってはそんな厄介な患者の診療は御免だということになりかねません(いわゆる不法行為の「負のインパクト」です)。本判決は、医者と患者の利益を衡量した上で、患者の自己決定権を妥当な範囲に限定したという点で支持に値する判決といえるでしょう。